転職した。
転職しますた。
まあ余りブログに書く事でもないけど。
そんな訳で、ここんとこ、ブログの事を私はすっかり忘れてました。
今後もしばらく更新する余裕は無いかもしれません。
覚えなきゃいけない目先の事は幾らでも有って、
でもそんな時に限って哲学とか心理学の本とか私は読みたくなる。
こんな本読んじまった。
- 作者: 森鴎外
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1948/12/17
- メディア: 文庫
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いやー、もう青年でもないよなー。
……ということを確認してどうする。
鴎外らしいというか、とてもクールで頭が切れそうな
人物を主人公にしているのはおもしろかったけど、
ラストでもう少し主人公の虚脱感が伝わってくればなーと
思いました。
医学生の友人との友情と同性愛が入り混じったような
関係は結構萌えました。
萌えると言えば、夏目漱石をモデルにした人物が講演する場面は
なんか妙に迫力があって何度か読み直しました。
ユーモアがあって自分をギャグのネタにしつつも、
人生とか文学とかについて余りにも真剣に考えているので
異常な緊張感が人々に感染していく感じ。
講演が終わった後、客達があっけにとられつつも、
会場全体が静まり、それぞれ自分の思索に沈んでいって、
海の底でうごめいているような雰囲気が妙に印象に残りました。
私も今沈みたい気分なのかも。
おもしろ経済学史
ブログから離れていると読書がはかどるなー。
- 作者: 山崎好裕
- 出版社/メーカー: ナカニシヤ出版
- 発売日: 2004/04/01
- メディア: 単行本
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未だ読み途中だけど、おもしろかった所。
●「重農主義」と訳される、フランソワ・ケネーが創始した
18世紀フランスのフィジオクラシー(physiocracy)は、
もともと「自然による支配」という意味。
その背景には、人間社会にも神が与えた眼に見えない秩序が
存在しているのだと言う考えが有った。
経済にもそうした自然の秩序が有り、
その秩序に従って無理無く運営されるべき、という考え。
自然法とも関係が有るなど、興味深い指摘。
ちなみに「フィジオクラシー」は後代に付けられた呼称で、
当時は「エコノミスト」と呼ばれていた。
(エコノミストと言えば彼らしか居なかった)
●耕作地が広がるほど、生産性の低い劣った土地を
使わなくてはいけなくなってくる。
そして最後に耕作に着手される最も劣った土地の生産性が
小麦の価値を決定する、という限界生産力説と同様の
論理を、19世紀前半のリカードが既に使っていた。
でも1870年代の限界革命の経済学者たちは、
別に自覚にリカードの論理を一般化させたわけでは
なさそう。
科学史で言うところのパラダイム・チェンジか。
●限界革命を代表する経済学者の一人、
イギリスのジェボンズは、当時の唯一のエネルギー源で、
無尽蔵と思われていた石炭が、
やがて枯渇する恐れがあることを統計的に示した本『石炭問題』
で評判をとった。
ついでに太陽の黒点の数と景気の循環との間に相関関係が有ると
統計データで示した。
ちなみに20世紀になってもピグーが結構まじめに取り上げている。
今では笑い話的なエピソードだが、経済統計の考え方や方法の発展という
意味では、重要な業績だと言える。
●同じく限界革命を代表する経済学者の一人、
オーストリアのメンガーは、優れた教育者でもあり、
ウィーン大学の先生としてオーストリア学派と呼ばれる後進を育てた。
さらに、サラエボ事件で暗殺された皇太子の家庭教師も努めていた。
しかし、メンガーの研究者としての後半生は決して恵まれていたとはいえず、
「経済学とはどのようなものであるべきか」という、あまり
生産的とは言えない論争に、後半生のほとんどを割かれてしまった。
そのため、他の専門領域の膨大な量の本を読破し、書き込みをした。
そしてその膨大な量の書き込みをされた蔵書はと言うと……
メンガーの蔵書は第1次世界大戦のの混乱の中で日本に渡り、現在、一橋大学図書館に保管されているが、私はそれを見る度に痛々しい感じを否めない。
(26ページ)
過去の偉大な経済学者へ、時折、こんな著者のコメントが
顔を出しますが、手短でありながらそれだけに
ぐっと来るものがあります。
地裁の合議係
NIKKEI.NET より
中国残留日本人の請求棄却・国の「政治的怠慢」は認定
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060215AT1G1502M15022006.html
野山宏裁判長は「国は早期帰国などの政治的責務を怠った」と認定したが、「違法と評価するにはいま一歩足りない」として請求を棄却した。
また、「YOMIURI ONLINE」によると
野山宏裁判長は「政策立案は行政の裁量に委ねられており、国家賠償を認めるほどの違法はない」と述べ、請求を棄却した。原告側は控訴する方針。
政府が政治的責務を怠ってても、法律に違反してないし、
「裁量」の範囲だということかな。
厚生労働省の官僚(行政機構)を、国会(立法)の議員達は
法律でコントロール出来てなかったという事でしょうか。
まあでも、日本の国会に提出される法律は、
省庁の作る物が多かった気がしますが……。
でも、中国残留孤児は約2,500人、残留婦人は約3,800人いるそうですが、
この件の御三方以外にも約2,100人が16地高裁で係争中、
ってこんな規模の問題に数十年気づかなかったのかな。
東京地方裁判所 主要判決速報
http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/CoverView/HP_C_Tokyo?OpenDocument
まだ2月の判決文は出てないみたい。
まあ出てても判決文は、私には読みこなせませんけど。
「東京地方裁判所 法廷担当一覧」のページを拝見したところによると、
15日は今月の第3水曜日なので、「611法廷」で行われた
「民事13部合議係」で裁判が行われたんだろうと私は思いました。
東京地方裁判所 法廷担当一覧
http://courtdomino2.courts.go.jp/K_hotei.nsf/CoverView/HP_C_Tokyo?OpenDocument&Start=1&Count=1000&Expand=1
ちなみに通常の地方裁判は「民事13部」の「い係」「ろ係」「は係」
などの名称で、一人の裁判官だけで判決を出しているようですが、
「合議係」ってなんだろう?
東京地裁の紹介 2 組織について
http://courtdomino2.courts.go.jp/K_intro.nsf/678119cba3b9dfd649256b13000c54bc/b47ad315a311aefc49256b5e0013a331?OpenDocument
裁判部は,支部を含め54の民事部と,20の刑事部から構成されており,各部には3人以上の裁判官が配置されています。通常の事件においては,単独の裁判官によって処理されていますが,複雑な民事事件や重大な犯罪に係わる刑事事件については,3人の裁判官からなる合議体によって処理されています。
なるほど、今回の裁判は複雑な件と判断されたので、
「合議係」で3人の裁判官で処理されたんですね。
41/236
- 作者: 広瀬郁雄
- 出版社/メーカー: 一橋出版
- 発売日: 1995/09
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やっと貸借平均の原理が出てきた。
おっせ。
試験まで後10日〜。
ケニアの勇敢な密告者 (BBC)
イギリスの放送局BBCのサイトより
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/africa/4697612.stm
A fearless Kenyan whistle-blower
The BBC has learned of a major corruption scandal in Kenya, through evidence provided by the country's former anti-corruption chief John Githongo.
以下拙訳↓
ケニアの勇敢な密告者
ケニアの前・反腐敗諮問委員会の長である John Githongo 氏によって提供された証拠を通して、BBCはケニアでの巨大な政治腐敗スキャンダルを突きとめました。
視聴者の意見コーナーでは今一盛り上がっていない様子です。
http://newsforums.bbc.co.uk/nol/thread.jspa?sortBy=2&threadID=1052&edition=2&ttl=20060214165212paginator
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- 作者: 広瀬郁雄
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- 発売日: 1995/09
- メディア: 単行本
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まだだ、まだ終らんよ!
って未だ7分の1しか終っていないではないか。
これは終ってなさ過ぎ。
この章は総論なので、他の章の3倍のボリュームが有るとは言え、
未だ2章から抜け出せないというのはどうでしょうか。
試験まで後12日……。
ハートで感じる英文法*会話編
NHKテレビでやっている
「3ヶ月トピック英会話ハートで感じる英文法*会話編」の
テキスト(2006年2月号)を私は買ってみました。
http://www.englishatheart.info/
時制の一致の感覚的な説明として、昔話が材料に使われています。
(32ページ)
昔話では例えば、
「むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんがいました。
ある日、おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川に洗濯に行きました。
……」
のように語られますが、文が全て過去形でも誰も不思議に思いません。
話全体が過去の事だという大枠に入ってしまうので、
中身の部分も過去形で語られる、というような説明。
(私の理解が間違ってるかも)
テキストでは「箱が過去なら中身も過去」という言葉で表されています。
英語の時間の表現は、物理的な時間に対応しているのではなくて、
話し手の「ながめ方」に有るんだとの事。
言われてみると私もなんとなく分かった気に成りました。
でも一時的な行為を表す動詞の場合は分かる気もするんですど、
be動詞が「was」とか「were」に成るのは
私は未だ感覚としては体得出来ないでいます。
たとえば、「おや、ジムはアメリカ出身だと私は思っていました。」が
「Oh,I thought that Jim was from the USA.」(31ページの例文より)
となるのが。
混乱してきたので、以前買っただけで読んでなかった
- 作者: マーク・ピーターセン
- 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
- 発売日: 2004/10/26
- メディア: 単行本
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を引っ張り出してきて読んだら、こんな例が紹介されていました。
例えばコンビニで2,001円の買い物をして、3,000円を渡した時に、
レジの人に「1円ありませんか?」と訊かれたとします。
そして、無いだろうと思ってたけど、財布を覗いてみたら有った、とします。
その時、日本語では、「有った!」とよく言います。
でもこれは英語では出てこない言葉で、今目の前に1円玉が有るんだから
「有ります!」と言ってしまう、とのことでした。
英語では、「昔は無かったけど、今は有る」という感覚だそうです。
先の例だと、語り手にとっては、
過去の時点では Jim さんはアメリカ出身の人であって、
現時点ではアメリカ出身の人ではない、
ということなんだろうか。
なんか見えてきたような、まだ見えてないような……。
考えてると、言葉と意識がどういう風に繋がってるのか
不思議な感じがして、クラクラしてきました。