公開されたばかりの「春の雪」という映画を観てきました。

猫@駐輪場




公開されたばかりの「春の雪」という映画を観てきました。



「春の雪」 公式サイト
http://harunoyuki.jp/



三島由紀夫の小説「豊饒の海」4部作の第1巻の同名タイトル作が
原作とのことです。
私は原作を読んでません。



(以下ネタバレあり)


私の映画の感想は、前半の、大正天皇の親戚の男(架空の宮様だと思う)
に嫁ぐヒロインを脅して(というか共犯関係みたいなもので)
寝取るところまでは、展開も早くておもしろかったです。



ボートと橋の上ですれ違う出会い方とか、犬の死体の供養とか、
手紙とか、百人一首とか、ゲーテの「ファウスト」の演劇とか、
きっと三島由紀夫の原作どおりなのかと思いますが、
当時の小物やしきたりをうまく使ってドラマを組み立てる能力は、
凄いものがあるなと感心しました。
良くも悪くも人工的な心理劇という感じですけど。



貴族社会の豪華な舞踏会とか、活動写真をみんなで見たり
を観るシーンとか、
当時はこんな感じだったのかー、と私には縁の無い世界を垣間見られて
私としては楽しかったです。
あんまり風景全体を見せてくれるシーンが無かったのが
ちょっと残念です。
でもまあ、そりゃ豪華な大正時代のセットとか金が掛かるだろうし。



とっくに焼き捨てちゃったラブレターを材料に、
「会わせてくれないとあのの手紙を皇族にばらすぞ」と脅したり、
戦争の遺族への日本政府からの慰謝料(?)を
ヒロインに会うための旅費に盗むとか、
人でなしの道を転がり落ちていく主人公が最高です。



主人公役の妻夫木聡さんは、冷酷でずるがしこい男の役が
板についていて、人を小馬鹿にしたようなセリフの言い方が
うまいと思いました。



岸田今日子さんが演じる祖母も、金をちょろまかすのを
ニヤリと笑って見過ごしてあげたり、
「皇族に嫁ぐ女を孕ませるとは、あっぱれなやつだ。
そんじょそこらの肝っ玉の小さい男には出来まい」と
豪語するのが格好良かったです。
でも、そのあと、おろすに決まってんだろと、
あっさり子供を中絶させるところはよく分かりませんでした。
恋についての評価と、家の存続とは、切り離して
割り切った考えをしているのかな。



最後の方の、ヒロインが尼寺で出家して会えなくなる所は
私は、正直よく分かりませんでした。
尼さんが「お二人が会えないのは、御仏の御意思なのと
違いますやろか」見たいなセリフがあって、
どこまで本気なのか、説得のために仏を持ち出しただけなのか
よく分からないのですが……。



皇族には勝てたけど、仏教には勝てなかったということなんでしょうか?
いろんな偶然が積み重なって結局会えない、という訳でもなく、
ヒロインの意思で(いろいろ考えた末だとは思いますが)
会わないようにしただけなので、
私はちょっと不思議な感じがしました。



世間の目から隠れて、上流階級の二人がきったねー
連れ込み宿みたいなところで逢瀬を重ねるシーンなど、
美しいいちゃいちゃシーンはちゃんとあるし、
最後は一応「この世では結ばれなかったけど、生まれ変わって
二人は必ず会う」みたいな(やっつけみたいな)
切ない至上の純愛という風なエンディングにはなってます。



でも、その許されない恋が成り立っているのは、
男の主人公が、ヒロインの政略結婚を聞いてもスルーしてたり、
ヒロインが出家して閉じこもっちゃったせいなんじゃないかなと
思うと、なんか感動していいのか迷ってしまいました。
なんていうか、恋愛物をパロディでやってるみたいなんですよね。



主人公の男が幼稚で、好きなのを素直に表現できなかったのが
恋がうまくいかない原因だ、という解釈が出てくるので
(それが登場人物によって解説されるのもなんですけど)、
まあそう思えば裏返しの「電車男」みたいなものなのかも
しれませんね。



あと当時は未だ避妊の知識とかコンドームはなかったんでしょうか。
薄いゴム製じゃなくて、昔は布製のを使ってたと何かで読んだ気がします。
(いつごろの昔かは不明)





まあ映画の評価は人それぞれだと思うのでおいといて、
私が気になったのは、主人公やタイ(シャム)の王子たちが
鎌倉に遊びに行ったとき、山の中で鎌倉の大仏さんを見るシーンです。
タイの国の仏教徒が、大仏さんを拝んだりするのかな?


ちょっと調べてみました。



タイの紹介のサイトより
タイの仏像はすべて釈迦牟尼世尊像(お釈迦様)ですhttp://www5.ocn.ne.jp/~kaba/thaibuddhism.html



鎌倉の散策の案内のサイトより


 阿弥陀如来
http://www.kamakura-burabura.com/butuzoukoutokuinamida.htm




タイの仏教は上座部仏教といって、主に開祖である
シッダールタ氏オンリーで拝んでるのかな。
アミダーバさん(阿弥陀如来)は浄土宗という流派での、解脱できた偉い聖人で、
両者は関係無い気もしますが、まあ特にいけないことは無いのかも知れません。



あと私が気に成ったこととしては、作中では仏教は輪廻転生を
信じる根拠のモチーフみたいになってるんですが、
私の読んだ本では、仏教はその輪廻転生を断ち切ること
(解脱とか涅槃とかニルヴァーナとかいうらしい)が
目的の宗教だったと私は思うんですよね。



輪廻転生が永遠に続くよ、というのは、紀元前5か6世紀ごろの、
インドではやってた、バラモン教という宗教の考えだったと思います。
シャカ族の元王子のゴータマ・シッダールタ氏は、
インド人らしくというか、かなりロジカルに、分析的に考え抜いた挙句、
自分の体も自分の意識も実体は無いんだと悟れば、
この輪廻を断ち切れると、当時のインドでは画期的な考えをしました。



バラモン教は現代のヒンドゥー教(インド教)の元になった宗教で、
バラモン階級の人が、「金持ちに生まれたのも、貧乏な家庭に生まれたのも」
あなたの前世の行いが悪かったからです」と、自分の身分を正当化するため、
また一生貧乏な家の人が「これは自分の前世の行いが悪かったせいだ。
この現実は自業自得で、受け入れなくちゃ」と考えるためだったんじゃないかなー
と私は思っています。



シッダールタ氏は、弱小か中堅ぐらいの部族(シャカ族)の元王子で、
若いころはそれなりに豪遊したらしいですが、
老いたり病気したり死んだり、好きな人と別れたり
嫌いなやつと会わなきゃいけないのは誰でも避けられない、
ということに悩んだようです。



そういうシッダールタのニヒリスティックな悩みは、
もしかしたら三島由紀夫は共感していたのかな。
輪廻転生の説の方までは、まるで信じてなかったと私は思いますけど。



なのでシッダールタ氏は、こんな苦しい人生が生まれ変わっても
永遠に続くのはたまらないので、どうやったら止められるんだろう、
と思って、バラモン教の輪廻転生の上に乗りつつ、
それを止められるんだというようなロジックを野宿しながら考えたんです。
我ながらすごい浅い理解ですが。



なので、「春の雪」の中で「来世でも私はきっとあなたを見つけ出す」
という輪廻転生もなんのそのという泣ける純愛ドラマを作るために、
アンチ輪廻転生である仏教を使っちゃうのは、
どうなのかな、と素朴な疑問を私は感じたのでした。



竹内結子さんの豪華ファッションを見ながらそんなことを
考えるのもどうかという気もするんですけど、
でも考えたら、登場人物は仏教も利用しようとしたのかなと
思いました。



つまり、生まれ変わっても、またヒロインはやんごとなき男と
結婚して、男は「源氏物語」の光源氏みたいに
女を寝取るという許されない愛に燃えることによって
罪深い煩悩だらけになり、わざと解脱なんかしないで
またなんかの生き物に生まれ変わるという輪廻転生を続けることで、
ずっと楽しもうという考えなのかもしれません。



だとしたら、最後、添い遂げられないのに雪の中でうれしそうにするのは、
「これで仏を敵に回すことが出来た。
 変に欲望を満足させて悟ったりしないですんだので、
 解脱できなくて良かったー」という
喜びなのかもしれないなーと私は思いました。



そもそも主人公がセリフの中で「こんな禁断の愛じゃなかったら
ここまで燃えなかったな」とか意地悪なことを言っちゃってるし、
ヒロインの方も「いじわるね」と、男の言っていることが
真実だということに気づいちゃってるみたいなんです。



さらに、スタッフ・ロールの主題歌の宇多田ヒカルさんの歌の歌詞は、
「ねえ母さん、どうして大切なものを自分で壊さなきゃいけないの」
と言うような歌詞で、映画の内容を一言で表したような
すごいずばっとした解説だと私は思いました。
エンディングの歌でも、天下の歌姫から解説がつくとは、
なんというか至れり尽くせりというか。
さらに、アレンジもあんまりシンセサイザーとかじゃなくて
ギターとかアコースティックな音色なので、
映画の内容の恋愛ストーリーが、登場人物たちの自作自演に
過ぎないという手作り感を表している気がしました。



そんな感じで、私の感想としては、
純愛物のムードはあるし、切ないし、映像も綺麗だし、
適度ないちゃいちゃシーンはあるので、
付き合い始めたばかりのカップルなら良いけど、
もうそんな時期でもないカップルには
気まずくなりそうな、微妙な後味でした。



なお、私の前の席には老夫婦が座って鑑賞されていたのですが、
その位になるとまた新たな感慨がわくんじゃないかとも思いました。
「私たちもよくぞここまで」みたいな……。